

日時
2026年10月1日(木曜日)14:00-17:30
(中国时间:週四13:00-16:30)
会場
関西大学梅田キャンパス 7階 701教室
(〒530-0014 大阪府大阪市北区鶴野町1番5号)
無須事前申請,自由參加可
地址導航可參照如下鏈接:
https://kandai-merise.jp/access/
※1階にスターバックスが入っているビルです。
※入り口から入って右手奥のエレベーターで7階までお越しください。
主題
冷戰時期東亞電影史諸相——放映、接受與論爭
冷戦期の東アジアにおける映画交流の展開を、上映·受容·論争の諸側面から歴史的に検討する。1960年代マ力オにおける映画上映と植民地社会の映画文化、「雪解け」映画をめぐる中ソ論争と日本における受容を取り上げ、アーカイブ資料および同時代の言説資料をもとに、映画文化の展開と東アジアにおける映画交流の歴史的諸相を明らかにする。
議程
司会 川崎賢子(日本大学)通訳 管新寧(大阪公立大学)
14:00-14:10開会の挨拶渡辺直紀(武蔵大学)
14:10-15:00
褶子檔案:華語区域電影史中的隐藏与20世纪60年代澳門電影放映
く襞〉のアーカイブ:華語圈地域映画史における埋もれたものと1960年代マ力オの映画上映
羅 楽(マ力オ科技大学人文芸術学院)
15:00-15:10 茶歇
15:10-16:00
ソ連の「雪解け」映画をめぐる中ソ対立と日本の受容一一冷戦期の日中ソ映画交流と論争
晏 妮(日本映画大学)
16:00-16:30コメント
吉田 則昭(立正大学)
16:30-16:40茶歇
16:40-17:30質疑応答と全体討論
報告主旨
①褶子檔案:華語区域電影史中的隐藏与20世纪60年代澳門電影放映
く襞〉のアーカイブ:華語图地域映画史における埋もれたものと1960年代マカオの映画上映
羅 楽(マ力オ科技大学人文芸術学院)
1960年代は、マカオにとって構造的分岐の画期となる10年間であった。この時期、マカオは緩やかに構成されたポルトガル植民地統治の暫定協定(モドゥス・ヴィヴェンディ)を解体し、境域を越える政治的・文化的秩序とエコシステムを再編していった。本研究は、約4000点にのぼるアーカイブ映画広告の手作業によるコーディングと体系的分析に基づき、1960年代マカオの公共文化的景観を再構築するとともに、植民地映画規制と当時の不安定な政治情勢によって形づくられながらも見過ごされてきた上映事例を掘り起こす。データの可視化と計量史学的アプローチを用いることで、本研究は〈襞〉を批評的視座として導入し、地域映画史学を前進させ、中国語圏における植民地境界地域における社会政治的転換とレジリエントな統治の特異な事例を提示する。
②ソ連の「雪解け」映画をめぐる中ソ対立と日本の受容一一冷戦期の日中ソ映画交流と論争
晏 妮(日本映画大学)
スターリン期のソ連では、映画は政治宣伝(プロパガンダ)と文化外交の重要な手段と位置づけられていた。1949年以降の中国も、毛沢東の「延安文芸座談会における講話」を文芸政策の指針として継承するとともに、ソ連の革命映画を数多く公開し、「社会主義リアリズム」の路線を採用した。スターリン死後、1950年代半ばからスターリン批判を進めたソ連では、文芸政策の転換に伴って「雪解け」映画が登場した。これに対して中国側は批判を強め、映画表現を含むイデオロギー上の対立が次第に先鋭化し、最終的には中ソ対立へと発展した。
本発表では、「雪解け」映画を契機として生じた中ソ間の対立と、映画をめぐる論争の経緯を明らかにする。あわせて、日本における同時代の反応と「雪解け」映画の受容に注目し、当時の言説資料を用いて、国際政治の影響下で展開された映画交流と交渉を検証する。具体的には、中ソ映画論争の主要概念である「社会主義リアリズム」「階級的な愛」「戦争論」「ヒロイズム」などを取り上げ、中国とソ連の異なる立場が日本でどのように報じられ、分析されたのかを考察する。これにより、「雪解け」映画の日本における受容の実態を明らかにするとともに、映画における社会主義リアリズムの可能性と限界を歴史的に検討する。
※海報圖片來源:
IMDb Sorok pervy(1956)
https://www.imdb.com/title/tt0049783/?ref_=mv_close
澳門記憶域多利大戲院https://macaumemory.mo/entries_008771a08b7d41ecad885bfa6c9565be?cid=57551c9c835546b86e30520c
澳門記憶永樂戲院
https://www.macaumemory.mo/entries_c630f822e67845f7bbe7e23517a23d83
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